白熊日記(Svalbard滞在記)
目 次
白熊日記野外活動編
白熊日記写真館
------- 随時追加。過去にさかのぼって追加することもあります。 --------
To "As a student of UNIS"
To Home
2月12日「到着!」
Svalbardに渡るには、ノルウェーの Tromsoe (トロムソ)から飛行機に乗る。このTromsoeは5万人
が暮らす北極圏最大の町であるが、ここでも北緯69.7度、南極でいえば昭和基地よりも緯度が高いのであ
る。しばらく飛んでノルウェー本土とSvalbardのちょうど中間辺りでBjornoeya(ビョルノヤ、熊の島とい
う意味らしい)を通過する頃から、だんだん外が薄暗くなってきた。Svalvardではま太陽は地平線の下。だ
んだんと日の当たらない世界へと進んでいるのだ。昔の人が考えたような海の向こうの地の果てに向かってい
るような気がする。実際Svalというのはノルウェー語で「寒い」とかいう意味を持ち、bardは「端」、その
まま「北の果て」といったところだろうか。氷河で鋭く削り取られた山並が見えて来ると、下の海も凍り始め
る。右に大きく旋回して大きなフィヨルドに入りしばらく降下すると、ちいさな光のかたまりが見えて来る。
Longyearbyenである。
空港は凍った滑走路にちいさなターミナルがひとつ。飛行機から外へ出るが、思ったほど寒くない。−8度
だった。UNIS(University Courses on Svalbard) の迎えのバンに乗り、町へ向かう。午後2時半。
薄暗いがさすがに極夜も終わりに近付くと昼間はそれなりに明るくなる。1月は昼夜の区別の全くない
状態であるらしいが。町は明るく、この地の果てにしては非常に立派な町と思えた。街灯もしっかりあるし
ホテル、店と思われるものも多い。少なくともふつうに生活する分には全く不自由はなさそうだった。
宿舎に荷物を置き、UNISヘ行く。短いガイダンスのあとUNISを見て回り、そのあとで食料等の買い出し
だ。来たときに見ておいた店の固まっているところへいってみると、結構大きなやつが2つ向かい合って
立っている。そのうちのひとつ、Svalbard Butikkenにはいった。左手には食料品、右手には衣料、電機、
酒類、スポーツなどがあり、ほとんどすべての物が手に入りそうだ。食料品の方は、新鮮な野菜類が少なめ
であるが、大体何でもある。キッコーマンの醤油もあった。(これはTromsoeにもあった。)全体的に
日本より高めであるが、(ちょっといいスーパーで買うなら日本でもこれくらいはするかもしれない)
まずまず満足のいくところだった。
あとはこの重い荷物をもって3km先の宿舎へ帰るだけ。結構重いし、だらだら上り坂できついな、でも
半分くらいは来たか、と思ったところで車が1台停まって、「とっても重そうだから乗せてあげるよ。」
と。ラッキー!あっという間に宿舎についた。 (つづく)
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2月??日「白熊」
Svalbardには白熊が生息している。かつては狩猟の対象となりその数はかなり減少したが、現在は
厳しく保護されている。Longyearbyenの町に入ってくることは滅多にないが、町から外へでれは
白熊に出会う生可能性は十分ある。そのため、町の外に出るときは必ず銃を持つ必要がある。2年ほど
前にはLongyearbyenの近くの山の中でひとり白熊に襲われて殺されるのということもあったそうだ。
ここ数日前から、フィヨルドに面した階段の踊り場に望遠鏡が置かれている。ガラス張りになっていて
フィヨルドがよく見渡せるのだが、人が集まって代わるがわる望遠鏡をのぞいている。何のことかと思うと、
どうもフィヨルドの向い側に白熊がいるらしい。向こう側まで約3km、フィヨルドは凍っているし、
かなり近いところだ。のぞいてみると白い塊が白い雪の中に沈んでいる。さっきまでは歩いていたらしいが、
今は疲れてお休み中らしい。周りをトナカイが何頭か歩き回っている。彼等は白熊を恐れないようだ。
確かに白熊の主食はアザラシであるから。今見える白熊は1頭だけだが、2、3日前は何頭も歩いていた
らしい。講議のあともう一度望遠鏡をのぞいてみたが、彼はもう立ち去ったあとだった。はじめてみた
野生の白熊は、白い塊だった。(距離を考えると、かなり大きなやつだったらしい。)
数日後、Sysselmannen(自治政府)から、警告文が出された。「近年になく多数の白熊が
Longyearbyen近郊で目撃されているので、厳重に注意するように。」
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3月 2日「オーロラ」
今日はオーロラの観測に、Longyearbyenから4kmほど離れたNordlysstasjonen
(オーロラステーション)に来ている。すでにこれまでに2日観測しているが活動が弱く、激しいオーロラは
見られなかった。今日は昨日以来磁力計の記録も激しい変動を示しており、大きな活動が期待されている。
観測開始は午後8時半、磁気地方時ではおよそ午後11時半、最も激しいオーロラが見られる時間帯である。
午後9時過ぎ、1000kmほど南方のオーロラ帯に位置するTromsoe(トロムソ)の磁力計が大きな
変動を示した。大きなオーロラ活動が始まったようだ。暫くするとオーロラ帯の高緯度側に位置する
Longyearbyenまでオーロラ帯が広がってきて、ここでも激しいオーロラが見られるはずだ。午後9時
50分、南の地平線にあかるい光の帯が見えてきた。一端は南へ消えたものの、午後10時過ぎ再び
明るい帯が南からやって来る。この光の帯は、揺らめき、ねじれ、明るさを変えながらどんどんこちらへ
向かって来る。光の帯も1本だけでなく、2本、3本と増えてきた。オーロラの帯が真上に来ると、
まるでオーロラの光が1点から放射されているかのように見える。「コロナ」と呼ばれる形のものだ。
何人かと外へでて−35度の中オーロラを眺めた。音もなくしかし激しくうごめくオーロラ、天から
降ってくるようなコロナ、それを雪の上に寝そべって見上げる。すばらしいながめだ。(非常に寒いので
長くはそうしていられないのだが。)
午後10時20分過ぎからは明るくなったり暗くなったりを繰り返しながらもだんだん活動を弱め、
再び南へと去っていった。
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4月 8日「イースター」
今年のイースターは4月9日から13日であるそうだ。UNISでは、6日から13でイースター休暇
だ。しかし、4、5日の土日を含めると10日間の休みになる。この間どうするか?多くの学生はスキー、
スノーモービル等で、テントまたはキャビンを利用して何日かの旅に出るらしい。また、この機会に
親が訪ねて来るというのも結構あるようだ。それも子供(といってももう20をこえた大学生、大学院生
位の歳)の部屋に泊まるそうだ。ホテルはかなり高いので分からないではないが、よくこの狭い部屋に
親子で泊まるもんだと不思議に思う。確かに親の方としてもSvalbardなんてそう行くところではない
だろうから、この機会にいってみようというのは分かる気がする。とにかくこの時期、町はたいへんに
賑やかで、ショッピングセンターなどは観光客であふれている。彼等は大体お酒やたばこなどを買い込んで
いるのでよくわかる。
ここSvalbardは免税地域で、酒などは数量制限はあるものの免税価格で買えるので、
ノルウェー本土にくらべるとたいへんに安い。例えば、アルコール度数22%以上のもの1リットル
(ウィスキー、ブランデー、ウォッカ等)を本土に持ち込む場合、免税量(22%以上1リットル+
14〜22%1リットル)を超えた分に対して、260クローネ(約4600円)もの税金がかかる。
物にもよるが、酒本体の価格をはるかに上回る税金がかかるのだ。いくら免税といっても量の制限が
あり、旅行者は航空券を酒の専売所でチェックすることによって、22%以上のもの2本(リットル)、
14〜22%のもの1リットル、ビール24缶までしか買うことができない。不思議なことに、ワイン
(アルコール度数14%未満のもの)は、よっぽどたくさん買わない限り制限がない。ビールは
かさ張るので、輸送量が限られているSvalbardでは、一人当りの量が限られるのかもしれない。
Svalbardの住人やUNISの学生にはカードが渡され、大体1ヶ月当たり観光客の1回分と同じくらいの
量が割り当てられる。私はあまり酒を飲まないし、飲むならワインなのであまり関係ないが。
イースターの話が酒の話になってしまったが、このイースターの5日間ほとんどのところが休み、
観光客でにぎわうショッピングセンターも、イースターにはいると、中日(4月11日)に短い間
営業するのみで基本的に閉まってしまう。食料を買い忘れるとなかなかたいへんなことになる。
11日は必ず買い物に行くことにしよう。
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4月 25日「Midnight Sun」
Longyearbyenでは、今年は4月19日からMidnight Sunが始まった。もう4月初めから真夜中でも
空は薄明るかったのだが、19日からは太陽が地平線の下に沈むことがなくなる。つまり完全な白夜だ。
今日は近くにあるこの辺りで一番高い山、Nordenskioeld(ノルデンシェルド)に真夜中に登る。午後
9時頃から登り始めて、ちょうど真夜中辺りに頂上へ着こうというもので、本来は4月19日に計画して
いた。しかし、ちょうどその頃みんなレポート提出で忙しく、流れてしまっていた。太陽は8月20日
頃まで沈まないからいつでもいい訳だが、今日はいい天気だし、早いうちに登っておきたかった。ただ
朝方から吹き始めた風が7、8メートルあってそれだけが心配だった。
頂上まではおよそ5km、最初急な谷を登り一旦平らな氷河に出たあと、氷河を登り詰めるとそこが
標高1050mの頂上である。まず谷の下で食事中のトナカイ5頭に出会った。彼等は我々との距離を
計るようにこちらを見ながら休んでいて、ある程度のところで立ち上がり別の方向へ移動していった。
足跡は壁のような斜面から降りてきていた。さすがである。
谷にはいると片側の壁は鳥のコロニーになっているようで、白と黒のツートンカラーの鳥が飛び回って
いる。彼等はどこから来たのか。2月には鳥などほとんど見かけなかったものが、最近は群れで飛んで
いるのをよく見る。海はまだ凍っているが、近くまで融けてきているのかも知れない。やはり春になって
きているのだろう。
この谷は動物の通り道なのか、トナカイ、キツネ、雷鳥らしい足跡もいくつか見つかった。キツネは
用心深いのか足跡はみるがそのものを見たことはない。真っ白なホッキョクギツネというのを見てみたい
ものだ。今回は危険な大きいケモノの足跡はない。
(野外活動編「極地のハイキング(1)」参照。)
とりあえず安心である。
斜度30度ほどある谷の源頭部を登り切ると、そこはいままでの谷からは想像もつかないほど平らで
広く、Nordendkioeldから氷河が流れ込んでいる。以外と風はない。音もなく、ただ広い台地とはるか
連なるSpitzbergenの山々が広がっているのみ。それに比べLongyearbyenの谷の小さいこと。普段
ほんの狭い空間で生活していることを感じる。一歩外へ出れば広大な大地。またどこかへ出かけたくなる。
ここからは氷河を詰めて頂上まであと半分。スノーモービルのあとが頂上へ向かっているのでそれに
沿って登っていけばいいようだ。最初は平ら、後半から尾根に向かって傾斜が急になって来る。
足下は所々雪が凍って滑るが、2、3日前の雪があって比較的登りやすい。最後ひと頑張りして尾根に
出ると、やはりそこも平らだった。平らな大地を氷河が切り裂いて谷を作ったということがよく分かる。
ここで、この辺りのフィヨルドの本流Isfjord(イスフィヨール)への展望が開けた。おお、もうそこまで
海が融けてきている。Longyearbyenに来た2月にははるか向こうまで凍っていたのに。やはり春なん
だろう。
頂上には三角点と無人の気象観測用らしい小屋があり、ここがこの辺りではそれなりにメジャーな山
であることを感じさせた。それでも、土曜日の真夜中、晴れ、もう1、2グループぐらいいるのではと
思っていたのだが、予想に反して誰にもあわず、日本の混雑した山との違いを感じる。 本来の目的の
太陽は地平線の上、雲にかくれているが、そちら側のオレンジ色から、南側の青く沈む山々ヘの変化は
すばらしい。前回の旅で回った氷河、谷が見える。次はどこへと考えながらしばらく眺めていた。
帰りは来た道を帰る。所々滑りやすいもののそれほど危険はなく、出発から5時間半後、4月26日
午前3時前無事帰還。取り立てて危険もなく、よい旅だったといえるだろう。
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5月 1日「北緯78度の春」
今日から5月である。今日5月1日はThe world labour day、いわゆるメーデーで、祝日である。
町の各所にあるポールには、赤地に白と紺の十字のはいったノルウェー国旗が翻っている。普段はUNIS
の旗のところも、ポーラーホテルの旗がある所も、ノルウェー国旗に替わっている。休みの日はみんな
こぞって休みなのだが、国旗の掲揚、降納だけは誰かがきちんとやっているらしい。
5月に入って、このLongyearbyenにも春の気配がして来ている。日はもうとっくに沈まなくなって
いるが、4月半ばまではまだ−20度になることもよくあった。しかし、ここのところもはやいっても
−10度、道路の雪もほとんど消えた。大地の雪も減って、かなり茶色くよごれた雪になっている。
スノーモービルが使えるのもあとわずか、みんな残された時間を惜しむようにメーデー+土日の3連休を
使って出かけていく。Longyearbyenの谷の壁も、かなり雪が消えて茶色い岩肌が多く見られるように
なってきている。よく耳をすますと、はるか壁の上の方から鳥の鳴き声が聞こえてくる。岩場が鳥の
コロニーになっているようだ。彼等も春を感じて渡って来たのだろう。
夏から秋にはこの辺りから雪は姿を消すそうだ。と思って、雪のなくなったLongyearbyenを想像して
みるとかなり寂しい風景が頭に浮かんだ。とにかく「木」というものがない。わずかに草か苔のようなもの
が花を咲かせるだけ。のこりは茶色い岩と土ばかり。まるで砂漠だな、と思う。実際谷の壁の上の方
は、アメリカの砂漠のなかの岩山にそっくりに見える。そういえば、Svalbardの年間降水量はわずか
200〜300mm(日本の大雨の時なら1日で降る)、Polar desert(北極砂漠)といわれるのも
納得が行く。観光に来るなら2〜4月がベストだと思う。2月はオーロラ、3、4月はアウトドア
トリップ、4月にはMidnight Sunもある。(全く自分がやってきたことそのままという感じだな。)
1月はとにかく1日中真っ暗で何も見えなくてよくないそうだ。(たとえ白熊がいても。)もしここで
レーダー観測(郊外に大きなレーダーサイト、電離層を観測するやつ、がある。)をするなら、3月がいい。
空き時間に外へ出かけられるから。トロムソ(トロムソにも同じようなのがある)なら6、7月。いい
気候だし街も賑やか。7月頭にはMidnight Sun Marathonもあるし。
そのためにはその期間にする必要性(科学的)をひねり出さねば…。
5月、もうこの月末にはSvalbardを離れる。それまでにやりたいことは全部やっておきたい。ま、
たとえやり残しても、また観測で来ればいいか。
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5月 6日「トナカイに関する一考察」
Svalbardに生息する野生動物のうち、白熊、ホッキョクギツネ等は滅多に見かけない(足跡以外は)
が、トナカイだけはLongyearbyenの中でもよく見かける。数頭のグループで雪の間に生えている草を
食べているところをよく見る。今日もJogをしていると突然道の前をざざっと横切るものがあって、
ちょっと驚いて確かめてみるとトナカイだった。彼も突然人間が走って来てびっくりしたんだろうが。
見渡してみると全部で9頭いる。少しこっちを気にしながら草をはんでいる。かなり近付いても逃げない。
近くで眺めてみるとこのトナカイというやつは、自分の持っていた(そしておそらく多くの日本人が持って
いる)トナカイのイメージとは大分違う。まず、体格がずんぐりとしていてスマートでない。目は真っ黒で
でかく、ぎょろっとこっちを見つめて来る。サンタクロースの橇を引いているような端正な顔立ではない。
まあこんな厳しい環境で生きているんだから顔もいかつくなるわな、という気もするが。このトナカイ
たちは角が生えかけでまだ短いこともあって、鹿というよりほとんど牛である。「トナカイ」というやつの
きれいなイメージが心の中で壊れていくのを感じた。トナカイってこんなやつだったんだ…。いや彼等こそ
砂漠のようなこの極地で生きているほんもののトナカイなのだろう。
(注:Svalbardのトナカイはスカンジナヴィアのものとは少し違って、グリーンランド方面に生息する
ものに近いそうだ。サンタクロースの橇を引くのはスカンジナヴィアのものだろうから、そっちはもう少し
いい姿をしているのかもしれない。)
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5月 9日「スキーマラソン to Barentzburg」
今日はLongyearbyenからBarentzburg(バレンツブルグ)までのスキーマラソンがあるという。
UNISで同室のJens(デンマーク)が出るというので、スタート時間(午前10時)にあわせてスタート
地点に行ってみた。
BarentzburgというのはLongyearbyenの南西にある、ロシアの炭坑の町である。距離にして52km、
スノーモービルでよく訪れられる町である。(つい先日行って来たYoshieさんの話によれば、
「いかにもロシアって感じで、なんだかとても寂しい町」であるそうだが。」 Jensはスキーはうまく、
52kmの行程も全く問題ないだろうと思ったが、彼自身は持久力に自身がないらしく、無事
ゴールできるか心配していた。
4月下旬にここLongyearbyenでは42kmのスキーマラソンがあって、こちらは本当のレースで
長野オリンピックの金メダリストが参加し快勝したが、今回のスキーマラソンは、先導の雪上車がつき
途中フードステーション等があるものの、着替え、最低限のサバイバルに必要なもの等は自分で背負って
行くという、レースというよりは「みんなでBarentzburgに行こうツアー」みたいな感じが強い。
先導の雪上車2台に続いて参加者達がスタートしていく。子供も混じっている。大丈夫かな、とも
思うけれど、ここで育った子供達にとっては問題無いのだろう。Jensはどこにいるか。スタートしていく
人々の中にはいない。スタート地点を見るとまだ何人もスタートしていなくて、その中にJensはいた。
べつの参加者のスキーを調整している。(彼はとても親切でいい性格をしている。)どうもやっぱり
ピストルが鳴ってさあレッツゴー、というようなマラソンレースではないらしい。スタート前(もう
かなりの人がスタートしたあとだが)のJensの写真を撮り、彼のスタートを見送った。大体7時間
と言っていた。
昨日の雪も止み、日の光も射すLongyear氷河を登っていくスキーヤー達。全員無事Barentzburgに
着けることを祈った。
後日聞いたところ、Jensは6時間48分で無事ゴールしたそうだ。
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5月 17日「5月17日」
5月17日はノルウェー人にとって、1年で最大の祝日(National day)だ。1814年5月17日に
デンマークから独立し、憲法が制定された日であるそうだ。この日はノルウェー全土の各町ごとに
イベントが行われるらしく、Longyearbyenでも行われることになっている。幾つかあるイベントの内
メインにして全土に共通するのが「パレード」だ。様々なグループがそれぞれの旗をもって、国旗を
先頭に町の中をパレードして回るものだそうだ。UNISもUNISとして参加するので、私も行ってみた。
この日は朝から雪が強くあいにくの天気だったが、出発地点の教会に行ってみるとたくさんの人が
集まってきている。女性は民族衣装に身を包んでいる人が多い。地方によってデザインが異なるそうで、
Svalbardのような各地から人が集まってきているところでは様々なデザインが見られて楽しい。男性は
民族衣装も見られるが、スーツが圧倒的におおい。みんな一番いい服で来るそうだが、UNISの人間は
約半数が外国人で、ジーンズ、ジャケット、リュックサックという普段の格好の者も多い。(自分も
そうだった。)
パレードが始まった。学校のブラスバンドの演奏する国歌に続いてみんながぞろぞろあとについて
歩き出す。パレードといっても何をするわけでなく、よく分からないがみんなでぞろぞろと連なって
歩く。人口1200人のこの町で、かなりの人間が参加しているので、見物人の方が圧倒的に少ない。
でもみんな楽しそうに国旗を振りながらぞろぞろと歩く。Longyearbyenでは行列も短いからいい
ものの、大きい町になると長すぎて、見ていて大変つまらないものであるらしい。
行列は町中をぐるっと回って戦没者慰霊碑の前で献花、スピーチ、国歌斉唱があって全部で
1時間ぐらいで終了。以外とあっけなく終わった。この日はこのあとも各所でイベントがあった
(らしい)。しかし不思議な体験だった。同じスカンジナヴィアでもデンマークやスウェーデンには
こんなお祭りはないそうだ。何するでもなくただぞろぞろ連なって歩くだけなんだが。でも彼らは
とてもたのしそうだったなあ。
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5月 30日「さらばLongyearbyen」
楽しい時間が過ぎるのは速い。長いと思っていた3ヵ月の滞在もあっという間に過ぎて、今日はもう
Longyearbyenを発つ。UNISの学生も少しずつ帰り始めている。8月からの学期に帰ってくる
ものもいるが、もう帰ってこないものも。UNISでは多くの人と出会った。彼等との出会いは貴重で、
彼等なしではこれほど楽しかったとは思えなかっただろう。また、このSvalbardの自然なしでも。
確かに季節は流れ、来たときには薄暗く、雪と氷に覆われていたLongyearbyenも
今ではもう1日中明るく、雪もかなり融け、草が顔を出している。確かに3ヵ月半の時は過ぎたようだ。
これから、海の氷も割れ、束の間の夏が訪れるのだろう。しかしSvalbardの季節の変化は速い。8月末に
Midnightsunが終われば10月末には日が昇らなくなる。その変化を見ることなく去らねばならないのは
たいへん心残りだ。もう一度来たいと思う。やり残したことは多い。今度来たらIsfjordの反対側にみえる、
氷河が直接海に落ちているところを見にいきたい。スキーも練習して山、氷河に出かけたい。スノーモービル
を駆って遠出もしたい、等々。
人は周り道をしても、最終的には自分のたどり着くべきところに至るような気がする。もしこのSvalbard
を自分が本当に気に入っていて、もう一度来たいという気持ちを心にもっているならば、いつの日かまた
この地に帰ってくることだろう。そう願いたい。
さらばLongyearbyen、またいつの日か必ずここへ。
1998年5月30日午前9時、飛行機はTromsoへ向けて飛び立ち、白熊日記もここに完結する。
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