最近の松見研究室の研究内容の詳細

 

 

黄砂エアロゾルの化学組成のリアルタイム分析 −レーザーイオン化質量分析計の応用−

大気中に存在する化学成分は、気体分子だけはありません。例えば、雨や雪、あるいは、砂などのように液体や固体も存在します。私たちの研究室では、大気中に浮遊する粒子状物質の一粒一粒を捕捉し、個々の粒子の化学組成をリアルタイムに計測できる新しい装置を開発しています。エアロゾル粒子は孤立分子と異なり、非常に大きな分子量を持っています。そこで飛行時間測定式質量分析計では、まず初めに、レーザ光などを使って電気的に中性の粒子から蒸発させた分子のイオンを作り出します。そのイオンを電場中で加速させた後、電場の無い空間を自由運動させます。これは、高校の物理で学ぶ、電場中における荷電粒子の加速度運動、そして、電場の無い領域での等速度運動の概念に基づいています。質量の軽いイオンほど大きな加速度を獲得し、その逆に、重いイオンほど加速されにくいため速度が小さくなります。従って、イオンが生成したところから、イオンが検出されるまでの時間は、イオンの質量によって異なってきます。従って、大気中に存在する粒子状物質をレーザーでイオン化すると、どのような質量数の化学種で構成されているのかを知ることができます。こうして観測される「質量スペクトル」を詳しく調べることで、大気中に浮遊する粒子状物質の化学的特性に迫ることができます。私たちの研究室では、中国の乾燥地帯(ゴビ砂漠など)から、日本に飛来する黄砂粒子の質量スペクトルを、リアルタイムに計測することに成功しました。黄砂は、上空へと巻き上げられた直後には、本来の黄砂の化学組成を保っていますが、西風に乗って東進するうちに、中国や韓国などの人間活動に伴う様々な微量成分を吸着します。例えば、化石燃料の燃焼に伴う硫黄酸化物が、黄砂粒子の表面に付着しており、その硫黄分が、日本付近の大気環境に影響をもたらしていることが分かってきました。また、日本付近の気象場を詳しく解析することによって、気象場に依存したいくつかの典型的なパターンで、化学組成の違いを説明できることを初めて明らかにしました。

 

中間圏・成層圏における窒素原子N(4S)の化学反応過程

窒素原子N(4S)NOおよびNO2分子との化学反応は、地球大気や惑星大気において重要な役割を果たしています。たとえば、N(4S)+NO®N2+O(3P)反応は、成層圏における活性な窒素化合物の消失過程であると考えられています。しかし、N(4S)原子の大気化学反応を研究することは、遅れていました。その理由の一つが、N(4S)原子を直接検出し、その反応過程を直接追跡するという実験手法が確立されていなかったことにあります。質量分析などを用いた従来の方法では、測定された報告値に大きなばらつきがあり、新しい手法による再計測が強く望まれていました。私たちは、120.1nmにあるN(4S)原子の強い吸収を用いて、レーザー誘起蛍光法によってN(4S)原子を直接検出し、その反応過程を直接に追跡することに成功したのです。295Kでは、N(4S)+NO反応の速度定数として、(3.8 ± 0.2) ´ 10-11cm3molecule-1s-1という値を決定しました。従来よりも、高い精度で値を計測することに成功しました。

 

下部熱圏NOの生成機構に関する新しい知見

高層大気においては、太陽軟X線などの影響により、局所的な温度よりも大きな並進運動エネルギーを有するN(4S)原子が生成されます。高速N(4S)原子は、たとえばNOと衝突してNOの振動励起状態を生成し、夜間の大気が赤外発光するプロセスに関与しています。一方、近年の人工衛星の観測等によって、高層におけるNO分子の量が分かってきました。しかし、その量を定量的に説明するには至っていません。そこで、高速N(4S)原子が酸素分子と衝突して、NOを生成しているのではないかという仮説が提唱されてきました。このような問題を解決するには、高層大気で生成するN(4S)原子が、周辺の窒素分子や酸素分子と衝突して、並進運動エネルギーが衝突緩和する速度を見積もることが鍵となります。私たちの研究室では、独自に開発した真空紫外レーザー誘起蛍光分光法により、並進運動緩和の反応断面積を決定することに、世界で初めて成功しました。現在、量子化学計算をすすめる海外のグループとも共同研究を進めています。

 

代替フロンの対流圏滞留寿命と地球温暖化係数の決定

クロロフルオロカーボンは、分子内に塩素原子を含み、しかも200nm付近の太陽紫外線によって光分解反応を起こしてしまうため、その生産と使用は世界的に規制されました(モントリオール議定書)。その代替物として、エアコンの冷媒等に用いられているのは、いわゆる代替フロンと呼ばれている分子です。代替フロンは、一般に分子内に水素原子があるのが大きな特色です。C-H結合は比較的小さな結合エネルギーを有するので、対流圏大気に放出された代替フロンは、対流圏にあるOHラジカルによってH原子が引き抜かれ(引き抜き反応)、徐々に分解されていくのです。ところが、代替フロンは、赤外域に非常に強い光吸収を持つ分子が多く、地球にとって温室効果をもたらし得る場合があります。私たちは、米国フォード自動車中央研究所のTim Wallington博士との国際共同研究により、代替フロン類の大気化学反応を解明する研究を進めています。具体的には、代替フロン類の大気中での消失過程や、地球温暖化係数の決定などを行っています。最近では、HFC-152a (CH3CHF2)OHラジカルとの反応速度定数を、フーリエ変換赤外分光法で決定しました。また、真空紫外レーザー誘起蛍光分光法を用いることで塩素原子とHFC-152aとの反応速度定数を決定しました。得られた反応速度定数から、HFC-152aの対流圏寿命は1.8年であることが分かりました。また、赤外吸収スペクトルを正確に計測し、地球温暖化係数を求めています。HFC-152aは、1150cm-1付近に強い吸収のピークがあり、その結果、20年積算でCO2680倍の温暖化係数を示すことが明らかとなりました。

 

対流圏におけるフルオロアルケン化合物の分解・除去機構の解明

最近、世界各地の野生動物や人体の血液中から、ペルフルオロカルボン酸(PFCAs : CxF2x+1COOH, x = 6 - 13)が検出されることが報告されています。PFCAsは自然起源ではなく、人為起源の化学物質であると考えられています。生物濃縮性や難分解性を示し、毒性や発癌性が疑われているため、環境影響が懸念される物質です。PFCAは、Persistent Organic Pollutant (POPs)と呼ばれる環境中での難分解性を示す化学物質のひとつです。現在、世界的にPOPsの研究が始まっています。PFCAsはペルフルオロアルコールやペルフルオロアルケンが大気中で酸化されて生じうるという指摘もありますが、その生成機構については調べられていませんでした。そこで、ペルフルオロアルケンの大気中における酸化反応を解明するために、OHラジカルやCl原子、O3などの代表的な対流圏微量成分との反応について、室内実験による研究を行っています。Cl原子の検出には、松見研究室で開発した真空紫外レーザー誘起蛍光分光法を用いています。この研究は、米国フォード自動車中央研究所のTim Wallington博士との国際共同研究です。希望すれば、大学院生が米国フォード自動車に短期間滞在して、研究を行うことも可能です。

 

キャビティーリングダウン分光法によるNO3ラジカルおよびN2O5分子の高感度計測装置の開発研究

大気中における窒素酸化物の一つであるNO3ラジカルとN2O5分子を高感度に計測する新しい装置を開発しています。対流圏では夜間に、数pptv程度から数十pptv 程度存在します。また、N2O5は、窒素酸化物のリザーバ分子です。NO3ラジカルは662nm付近に非常に強い光吸収を有します。この吸収を利用して、レーザーキャビティーリングダウン分光(Laser Cavity Ring Down Spectroscopy: Laser-CRDS)法を用いて、大気中にあるNO3ラジカル濃度を計測するのです。光吸収による分子の計測の効率は、Beer-Lambertの法則(大学の基礎教養の化学実験で学ぶと思います)によって支配されます。希薄なNO3ラジカルを高感度に測定するためには、吸光度を測定する光路長を長くする必要があります。Laser-CRDSでは、1メートル程度の光学cavityにレーザーパルスを閉じ込め、実効で数キロ程度の光路長を得る工夫をしています。愛知県豊川市にある太陽地球環境研究所豊川分室にて、実際に大気をサンプリングし濃度を計測する実験も開始しています。

 

簡単なアルコールの対流圏における分解反応過程

アルコールは対流圏に存在する有機化合物の一つです。たとえば、ブラジルではアルコール自動車の普及によって、高い濃度のエタノールが大気中から検出されています。そこで、レーザー光分解/真空紫外レーザー誘起蛍光法(LP/VUV-LIF)を用いて、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノールの塩素原子との化学反応について研究を行いました。海岸地域などでは、塩素原子の濃度が局所的に高く、アルコールの消失過程において無視できない寄与を持ちうる可能性があるからです。メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノールと塩素原子Cl(2P3/2)の反応速度定数(295K)は、それぞれ、(5.35 ± 0.24) ´ 10-11, (9.50 ± 0.85) ´ 10-11, (1.71 ± 0.11) ´ 10-10, (9.11 ± 0.60) ´ 10-11 cm3molecule-1s-1と決定しました。塩素原子とアルコールの反応速度係数を、真空紫外レーザー誘起蛍光分光法で計測したのは、本研究が初めてです。

 

過酸化水素(H2O2)の成層圏光分解に関する新しい知見

成層圏におけるH2O2分子は、HO2ラジカルの再結合反応などに生成されます。成層圏における代表的な微量成分のひとつです。しかし、その生成消滅過程に関する定量的な理解は得られていません。私たちは、H2O2分子が成層圏に到達したときに浴びる太陽紫外線と同じ波長領域の紫外レーザーパルスを照射し、成層圏における過酸化水素分子の光分解反応を研究しています。従来の研究では、OHラジカルが2個(2モル)生成するという説と、それ以外の生成過程が混在するという2つの説がありました。そこで、私たちは、H2O2分子の光分解で、OHラジカル以外の生成物として予想される水素原子の生成があるのか・ないのか、を調べました。水素原子は、121.6nmの真空紫外レーザー誘起蛍光分光法で直接検出しました。193-240nmの紫外線を照射した結果、波長が短いほど、H原子の生成効率が高くなることがはじめて明らかとなりました。H原子の生成量子収率は、193nmにおいて0.20 ± 0.03と決定されました。このような正確なデータは、成層圏における過酸化水素の消滅過程を詳細にシミュレートする際に、非常に重要な結果なのです。

 

レーザー誘起蛍光分光法を用いる大気中SO2の高感度計測装置の開発研究

大気中に存在する成分は、空気のように私たちに不可欠なものもあれば、健康害や大気の環境変動を引き起こす物質まで非常に多岐にわたります。大気中に微量に存在するSO2分子は、主として化石燃料の燃焼や火山噴火等によって発生します。人為的な起源と自然起源の両者の寄与があります。SO2は硫酸エアロゾルの生成に関与して、グローバルな気候変動に影響を与えるほか、それ自身が人体に対して毒性を示す物質です。そのため、大気中におけるSO2濃度を確度高く計測することは、大気環境研究において重要な課題の一つです。対流圏大気におけるSO2濃度は、大きな都市の大気のように汚染された場所においても、ppbレベル(ppb10億分の一)です。ですから、対流圏SO2を検出し、その濃度を精確に定量することは、簡単ではありません。私たちの研究室では、レーザー誘起蛍光分光法によって、大気中におけるSO2濃度を高感度に計測できる装置の開発研究を行っています。装置には、Nd:YAGレーザー励起のOPO(光パラメトリック発振器)の第二高調波(220nm)を用いた、レーザー誘起蛍光分光法(Laser-induced fluorescence spectroscopy)を採用しています。60秒積算で、S/N比が2のときに、検出下限5pptvを達成しました。

 

成層圏・対流圏におけるO(1D)原子の関与する反応速度定数の再評価

成層圏や対流圏で、大気の化学的組成比を決定付ける化学種は、O(1D)です。O(1D)は第一電子励起状態にある酸素原子です。大気中ではオゾンが太陽光によって分解されてO(1D)を生成されます。O(1D)は、そのほとんどがN2O2などの、いわゆる"空気"と衝突して、電子基底状態のO(3P)へと戻りますが(これを、衝突失活といいます)、O(1D)のごく一部は、空気分子以外のものと反応します。O(1D)H2O, N2O, CH4など、大気中に存在するほとんどの分子と化学反応を起こしやすい「活性な(反応活性の高い)」原子です。そして、それらの反応からは、やはり活性なOHラジカルやNOなどが生成されます。O(1D)H2O, N2O, CH4などのように、対流圏では化学的に安定な物質から、OHNOのような化学的に反応性の高い物質を作り出す働きを持っています。こうして生成した化学種のうち、例えばOHラジカルは、人間活動に伴って大気中に放出された代替フロンと反応するため、代替フロンが大気中に滞留する「寿命」を決めるラジカルです。そのため、代替フロンなどの化学種の大気環境への影響を解明するためには、大気中でのOHラジカルの生成過程を明らかにしなくてはなりません。私たちの研究室では、大気中のOHラジカルの主要な生成過程であるO(1D)+H2O反応の速度定数を計測する実験研究を行っています。実験では、最新のレーザー技術である、真空紫外レーザー誘起蛍光分光法を用いています。米国航空宇宙局・ジェット推進研究所(NASA/JPL)のデータベースや大気シミュレーションモデルにも採用されうるような、高い精度の実験を行っています。私たちの研究の結果、NASA/JPLの大気シミュレーション用データベースには、いくつかの誤りがあることが分かってきました。世界的にも、我々以外の数グループが、この問題に取り組んでおり、続々とデータが得られつつあります。

 

 

註)以上の研究の一部は、最新の学術論文として論文誌に発表されています。学術論文リストはこのホームページにある「学術論文リスト」をクリックすることにより、ご覧になれます。