ショートエッセイ

「実験装置を自分で作る」

松見 豊

 私が大学院学生であった1970年代は研究予算はまだ豊かでなく、かなりの装置は手作りであった。私も計測用の電子機器も作ったし、レーザーもたくさん作った。実験装置を自分で作るとその原理が非常によくわかる。測定結果の精度や信頼性についてよく理解できる。最初は動かなくても、改良を重ねてうまく動いたときの興奮と楽しさは何事にも代えがたかった。高価な製品に性能的に追いつくことができると大威張りであった。研究より面白くなってしまうこともあった。研究結果の価値と違って、装置の性能ははっきりと数値化されるから、かけた努力次第で成果があらわれる。何が装置を作ることの目的だかわからなくなってしまう危険があった。もう一つの難点は、作った本人がいなくなると使い方がよくわからないこと、取説や回路図などのドキュメント類も貧弱だから、故障すると誰にも直せないことである。 その後、研究予算が豊富になり、既製品の装置を買うことが多くなってきた。買った高性能な製品が現れると、たちまちユーザーフレンドリーでない手製のものは誰も見向きもしなくなってしまう。今の学生にとって実験装置はブラックボックスで、学生は出てくるデータをすぐに信用する。デジタルで数値が表示されていれば、最後の桁も絶対に信用できるものと思っている。だからといって、今の学生はだめで不幸であるとは思っていない。自分の過去を振り返って、旋盤をまわしたり半田ごてを握っていた時間に、頭がまだ柔軟な時期に基礎理論をもっと深く学んでいたら、その後の苦労が少なかったかなと考えているからである。