黄砂粒子が大気環境に与える影響の解明を目指して

−最新のレーザー技術を応用してエアロゾルの化学的性質を解明する新しい装置を開発−

 

 名古屋大学太陽地球環境研究所大気圏環境部門・松見研究室では、大気中に浮遊している微小粒子(エアロゾルと呼びます)の一粒一粒の成分を、その場でリアルタイムに分析できる新たな環境計測機器を独自に開発しました。この装置を用いて、黄砂粒子の化学組成を詳細に解明することができるようになりました。このページでは、「黄砂粒子とは何か」、「新しい分析装置の仕組みはどうなっているのか?」などについて解説します。なお、この研究は、独立行政法人・科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agancy)の機器開発プログラムの事業の一環として進められています。また、紹介する成果の一部は、堀場製作所、国立環境研究所、東京大学、京都大学との共同研究によるものです。

 

 

このページの内容

 

 

 

 

 

黄砂について

地球環境が危機に瀕している

 私たち人間を含め、生物の生存や進化に欠かせないのが、空気(地球大気)です。地球大気の主な成分は窒素分子と酸素分子。窒素分子は78%、酸素分子は21%を占めます。残りの1%には水蒸気や二酸化炭素、オゾンなどが含まれます。私たちは絶え間なく呼吸をするなど、日頃何気なく大気にお世話になっていますが、近年、科学的にも社会的にも注目されている「地球大気の環境問題」は、大気の1%にも満たない二酸化炭素やオゾンが中心的な役割を担っています。たったの1%にも満たない成分が、私たちの住んでいる地球の環境に、想像もつかないような急激な変化をもたらしうるということに、驚く方もいらっしゃるかもしれません。

 例えば、地球の温暖化は、人間活動に伴って放出された二酸化炭素やメタンガスなどが大気中に蓄積しているために引き起こされていると考えられています。私たちが住んでいる地表の平均気温は、地球全体で平均するとおよそ15度ぐらいになります(北極や南極は寒いし、熱帯では暑いのですが、それを平均してしまうと、およそ15度になります)。この温度は、地球が太陽から受け取るエネルギーと、地球が宇宙に放出するエネルギーとのバランスで決まります。二酸化炭素やメタンは、その熱エネルギーの交換のバランスを変えてしまいます。その結果、地表付近の平均気温が上昇しつつあると考えられています。世界気象機関(World Meterological Organization)などをはじめ世界中の研究機関が、地球レベルの温暖化が引き起こす可能性のある環境変動について、詳しく研究を行っています。気象現象のシビア化、農作物の収量の変化、南極大陸の氷床の融解など、様々な方面に影響が及ぶと予測されています。

環境変動をもたらすのは気体成分だけではない

 地球大気の環境変動を引き起こしうるのは、二酸化炭素やオゾンのような気体成分だけではありません。地球の大気には、液体や固体も存在します。もっとも身近な例は、水です。水が気体になれば水蒸気です。ときに、雨(液体)となって大地を潤し、ときに、雪(固体)となって空から舞い降りてきます。

 大気の環境に影響を与えうるものにエアロゾル(aerosol)があります。エアロゾルとは、『空気中に微小な液体粒子や固体粒子が浮遊している分散系、あるいはこれらの微小な粒子そのもの(文献[1])』を指します。エアロゾルは、生成過程(でき方や発生の仕方)の違いによって、様々な種類に分類されることがあります。気象学的には、霧や煙霧、スモッグなどと称されるものもエアロゾルの一つです。私たちの身の回りでは、タバコの煙や、花粉、ディーゼル自動車の黒煙粒子なども代表的なエアロゾルです。もちろん、風によって舞い上がる砂ぼこりも、エアロゾルの一つです。ディーゼルの黒煙粒子や花粉と聞けば、エアロゾルの中には、私たちの健康に影響を及ぼすものもあるということに気がつくと思います。エアロゾルは、私たちの鼻や口から取り込まれることがあるのです。

 エアロゾルは、環境変動にも影響を及ぼします。エアロゾルは、太陽の光を反射したり吸収したりする性質があるからです。例えば、濃い霧の中を車で走るのはとても危ないですね。車のライトをつけても、遠くはおろか近くも見えにくい状態になります。これは、霧が光を反射したり吸収したりする性質をもっているからです。また、恐竜の絶滅をもたらしたのが隕石かもしれない、というお話を聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、これもエアロゾルが地球の環境に影響を与えうることを示す例です。隕石の衝突によって、大気中に砂や埃などのエアロゾルが大量に飛び散り、太陽の光を弱めることで、地球の環境が変わってしまったことが、恐竜の絶滅に関係しているのではないかと考えられているのです。

 2006418日、東京では「黄砂」という珍しい気象現象が観測されました。東京での黄砂の観測は6年ぶりでした。黄砂もエアロゾルの一つです。光を散乱したり吸収したりするので、東京都内でいつもは見えている東京タワーがかすんで見えにくくなるという現象が、新聞やニュースでも紹介されました。黄砂は、中国大陸の乾燥地帯で風によって巻き上げられた砂が、強い西風によって運ばれ、東京付近まで飛んできたのです。中国や韓国では、大量の黄砂が民家や車に降り積もり、マスク無しでは歩けないほどになることもあります。黄砂は、私たちの日々の生活や経済活動に影響することもあるのです。中国大陸を出発した黄砂は、中国、韓国、日本はもちろん、太平洋の広い地域にまで飛散し、海洋の環境にまで影響を与えている可能性も指摘されています。黄砂に含まれる鉄成分によって、北太平洋域のプランクトンの成長が活性化されているという報告もあります。

 以上のような例をもとに考えれば、エアロゾルは地球の環境変動に重大な影響を及ぼしうることを容易に推し量ることができると思います。ところが、エアロゾルが地球環境にどのような影響を及ぼすのか、あるいは、どのような過程を経て影響を及ぼすのか、そもそも、大気中に浮遊しているエアロゾルにはどのような種類のものがあるのか、それらが、時間や場所によって変化しているのかどうかなど、未知の問題が数多く残されています。世界中の多くの研究者が、エアロゾルについて精力的に研究を進めています。そこで次に、私たちの研究室で進めている、エアロゾル粒子の化学的な性質を詳しく調べることができる新しい環境計測装置の開発と、その黄砂粒子の研究への応用について、ご紹介します。

 

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どうして黄砂の化学的性質を調べるの?

 上で述べたように、エアロゾルが環境変動に及ぼす影響を調べることは容易ではなく、世界中の多くの研究者が挑戦しています。

 エアロゾルの性質を見るのに、2つの視点があります。一つは、エアロゾルの大きさや個数などの物理的特性、もう一つは、エアロゾルがどんな物質からできているのかという化学的特性です。また、エアロゾルを構成する物質によって光の反射や吸収の仕方が異なるなど、物理的特性と化学的特性の2つの視点から同時に研究しなくてはならないこともあります。私たちの研究室では、黄砂の化学的性質を調べる研究に取り掛かりました。

 黄砂は、その名前の通り、「砂」の一つです。私たちが日常で「砂」とよんでいる物質の多くは、地球上の陸地を構成するのに重要な役割を果たしているケイ素という物質を多く含んでいます。実際、黄砂にも、ケイ素が多く含まれています。しかしながら、中国の乾燥地域で巻き上げられた黄砂は、「生まれたまま」の状態で日本に飛んでくるわけではありません。黄砂をはじめとして、エアロゾルの性状は、太陽光の強度や波長、大気の温度や湿度、圧力、風の強さなどによって変化しうるのです。また、地上の環境、例えば、陸地なのか海上なのか、植生があるのかないのか、などによっても影響を受けます。したがって、中国で発生した黄砂も、日本に到達するまでに、体積や重量(つまり、大きさや重さ)、あるいは化学的性質が変化しうるのです。例えば、現在、飛躍的な工業化が進行している中国からは、原油や石炭などの化石燃料を燃やすことによって、大量の大気汚染物質(硫酸塩、窒素酸化物など)が大気中に放出されています。それら汚染物質の一部は、黄砂粒子に吸着し、日本付近にも運ばれてくると考えられています。黄砂にはどのような物質が含まれ、そこに吸着する汚染物質にはどのようなものがあるのか、そしてそれらの物質が、どれだけの割合で日本付近に運ばれてくるのでしょうか?−黄砂の化学的性質を調べることは、日本を含む東アジア地域や西太平洋域の大気環境や海洋環境を理解する上で、大変に重要なことなのです。

 

 

 

 

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黄砂を分析する新しい計測装置を開発する

エアロゾルの分析は難しい

 黄砂を分析することの重要性は先に説明したとおりです。しかしながら、黄砂をはじめ、エアロゾル粒子の化学的性質を調べることは容易なことではありません。なぜならば、エアロゾル粒子の性質は、エアロゾルを取り巻く環境によって劇的に変化するためです。例えば、エアロゾルの大きさだけに注目しても、分子に近い数nm (nmはナノメートルとよみます。1nmは、10億分の1メートル。)から雨粒(1mm程度)まで、実に1万倍から10万倍も大きさの異なるものが、同時に大気中に存在しているのです。ですから、エアロゾルの大きさや重さが、大気中でどのように分布しているかを調べるだけでも、相当な工夫を必要とします。エアロゾルの化学的性質を調べるにも、もちろん、一つの手法や技術で大気中に浮遊するすべてのエアロゾルを分析することは容易ではありません。

 

 

 

エアロゾルを分析する新しい装置を独自に開発する

 上記のように、黄砂を含めて、エアロゾルを分析することは容易ではありません。これまでの多くのエアロゾルの成分分析では、大気をフィルターを通して吸引することによりフィルター上にエアロゾルを収集して、そのフィルターから水や溶剤でエアロゾル成分を抽出してガスや液体クロマトグラフィーなどの方法で分析していました。この方法でのエアロゾルの分析には、いくつかの問題点がああります。まず、エアロゾルには揮発しやすい成分も含まれているので、せっかくサンプリングしても、化学成分を調べる前に、サンプリングの最中や輸送中に気化してしまう可能性があります。また、捕集されたエアロゾルはサンプリングの際に長時間大気の流れにさらされるので、大気中のガス成分がその上に吸着したり、あるいはエアロゾルと反応したりする可能性もあります。さらに、比較的長いサンプリング時間を必要とするので、短時間に大気中のエアロゾルの化学的な性質が変化してしまっても、その変動を調べることは出来ません。さらに、多数の粒子を一度に分析するので次のような門問題があります。下の絵を見てください。赤い成分と青い成分がはじめから混合して各々の粒子として存在している場合(A)と、赤の成分は赤だけの成分として、青は青だけの成分として、それぞれエアロゾルを形作っている場合(B)とが、大気中に浮遊しているとします。Aは、各々の粒子が、赤が25%、青が75%で構成され、合計で8個です。Bは、赤が100%の粒子が2個、青が100%の粒子が6個です。しかし、ABを、それぞれフィルターに集めて分析してしまうと、Aのフィルターでも、Bのフィルターでも、エアロゾルを構成する物質の比率、つまり、赤と青の比率は同じに見えてしまうことになります。

 

 

 これらの問題点を克服できるような、新しいエアロゾル分析装置を私たちは開発しているのです。すなわち、一つ一つのエアロゾル粒子の化学組成に関する情報をリアルタイムで得ることができて、粒子の変質を受けないエアロゾルの化学分析法を目指しています。また、化学成分と同時に、粒子の大きさについての情報も得ることができるので、成分のサイズ依存性も知ることを目指しています。しかし、簡単ではありませんし、開発には手間と時間が掛かります。言ってみれば、“チャンレジ精神”でしょうか。私たちが開発しているエアロゾルの分析装置では、レーザーを用います。

 

 簡単に、装置の原理を紹介します。

 

  (1) 大気中に浮遊するエアロゾルを分析装置に取り込む。

  (2) エアロゾルを一粒でも取り込むと、取り込んだ瞬間に、レーザー光をエアロゾルに照射する。

  (3) レーザー光によってエアロゾルの一部または全体が蒸発したり分解したりする。それと同時に、蒸発または分解により生成した物質が、レーザーの光によってイオンになる。

  (4) イオンは、飛行時間測定型質量分析法により検出される。どのようなイオンが検出されたかを調べることで、もともとのエアロゾルを構成する物質がどのようなものであったのかが分かる。

 

少し難しい説明になってしまいましたが、大きく分けて4つの段階を経て、エアロゾルの化学分析ができる装置を開発しているということになります。レーザーは、テレビや電子レンジのような家電製品とは違って、特殊な実験道具ですから、あまりなじみがないかもしれません。光を出すことのできる家電製品といえば、蛍光灯や懐中電灯がありますが、レーザーは蛍光灯や懐中電灯とは大きく異なる性質を持っています。その性質こそが、エアロゾルの分析には不可欠なのです。レーザーと、懐中電灯などとの違いを簡単に説明しましょう。

 

@ 『レーザーは直線的に遠くまで光る』

 蛍光灯は、四方八方に広がっています。この性質は、部屋全体を明るくしたいときなどは便利です。しかし、エアロゾルように小さな物質を詳しく見たいというときには不利ということになります。レーザーは、直線的に進む光の束で、遠くに光が進んでもあまり広がりません。ごく小さな面積に、光のエネルギーを集中させることができるので、エアロゾルのように非常に小さな物質を詳しく調べるのに有利です。虫めがねを使って太陽の光を集めると、小さな部分を明るく照らし、新聞紙に着火させることもできます。ところが、強力なレーザーになると、レンズで光を集めることなく鉄板を加工することさえ可能です。

 

A 『レーザーは特定の波長の光を出すことができる』

 空に光る虹を思い浮かべてください。七色の光に輝いています。これは、太陽の光には様々な波長の光が混じっていることの証拠です。波長の違いは、見た目の色の違いとして人間の目に映ります。これに対してレーザーは、特定の波長の光だけを強く発射させることができます。つまり、赤い光だけ、あるいは、緑色の光だけ、を特に選んで発射させることができます。太陽の光から、プリズムを使って、欲しい波長の光を取り出すこともできますが、そうして取り出した光の強さはとても弱いです。レーザーは、太陽光からプリズムで取り出す光よりも圧倒的に強い光を発生させます。

 

B 『レーザーは、時間的にちぎれた光(パルス光)を発生させることができる』

 時間的に連続した光と、時間的にとぎれとぎれになっている光があります。前者の例は、懐中電灯や車のヘッドライドなどです。後者の例は、カメラのストロボフラッシュです。レーザーは、1億分の1秒という短い時間だけ光るような特殊な光を発生させることができます。カメラのストロボフラッシュは、約1000分の1秒ですから、レーザーの光が時間的に非常に短い時間に光る特殊な光であることがお分かりいただけると思います。時間的にとても短い時間に、光のエネルギーが集中しているということになります。時間的に、とぎれとぎれになっている光を、パルス光とよんでいます。

 

@−Bを総合すると、レーザーは、空間的かつ時間的に光子の数が非常に集中しており、光子のエネルギーも特定のエネルギーに偏っているといえます(光子のフラックスが大きい)。この性質を用いると、エアロゾルのように非常に小さな粒子を的確に捕らえ、その化学的性質を非常に高い感度で分析することができます。

 

 

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開発した装置を用いて実験に励んでいる松見教授

 

 

 

 

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開発した装置で黄砂の分析をする

 私たちは、試作した測定器を用いて実際のエアロゾルの計測の研究を進めています。一つは、大気中のエアロゾルの観測で、国立環境研究所の大気環境部遠隔計測研究室と共同で行っています。国立環境研究所の建物の8階に製作したエアロゾル計測装置を設置し、黄砂を含む大気エアロゾルの観測を行っている。下図にスペクトルの一例を紹介しました。開発したエアロゾル分析装置で、エアロゾル一つ一つの個別粒子の成分の質量スペクトルをリアルタイムで測定し、その化学組成を解明することができることが実証されました。無機塩成分、元素状炭素、有機物、海塩粒子など揮発性の低い物質も含めて、幅広いエアロゾルの成分に対応することができます。

 

 

 

 私たちは、さらに、20063月から、沖縄県辺戸岬にある国立環境研究所の観測ステーションに分析装置を持ちこんで、エアロゾルの観測に着手しています。中国大陸から運ばれてくるエアロゾル粒子が、日本をはじめ東アジアや西太平洋域の環境に与える影響の解明を目指しています。現在、多くのデータを取ることに成功しており、順次、コンピュータによるデータ解析を進めていく予定です。

 

 

 

 

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関連するリンク集

名古屋大学 太陽地球環境研究所

独立行政法人 国立環境研究所 大気圏環境研究領域

東京大学先端科学技術研究センター 近藤研究室

東京大学海洋研究所 植松研究室

北海道大学低温科学研究所 河村研究室

首都大学東京 梶井研究室

東京大学環境安全研究センター 戸野倉研究室

独立行政法人 科学技術振興機構

 

 

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さらに詳しい解説

名古屋大学太陽地球環境研究所ニュースレターに掲載された松見研究室のエアロゾル分析装置の記事 (PDFファイル

 

 

参考文献

[1]  日本エアロゾル学会(編) 「エアロゾル用語集」、京都大学出版会(2004)

 

 

最終更新日 : 2006512